このペイントボールというスポーツは今でこそアメリカだけでも1000万人を超える競技人口を誇る巨大スポーツ産業に発展しましたが一体どのようにして始まったのでしょう?

 それは1985年頃にさかのぼります。
当時アメリカにボブ・ガンジーという一人の若手牧場オーナーがいました。
彼は同じ若手牧場オーナー達同士が集まるサークルに所属しあるルールを守ることにより非常に有意義な週末をおくっていました。
それは「仕事に全力を尽くすために週末は工夫を凝らした楽しいレジャーで精一杯遊ぼう!そして情報交換などをしやすい血の通ったサークルに育てよう」という基本理念に基づいて毎週末に各々のオーナーが新しいレジャーを発明、そして発表しを行い、そのオーナーがホストとなった上で全員を楽しませてあげるという大変ユニークなものでした。
毎週末がとてもエキサイティングに充実感と共に過ぎ去っていく中、彼がホストを勤める順番が近づいてきました。
 どーしてもいいアイディアが浮かばずに悩みながらいつものように作業を行っていたその時、ある物を見た瞬間に運命の閃光が輝いたそうです。
それは「ネルスポットガン」という酪農に使用する道具でした。
当時、彼の牧場では数種の牛を目的別に飼育しており、それら数種を移動する時に種類ごと「ネルスポットガン」でペンキボールを打ちだし牛に色別マーキングを行っていました。そして彼はこのネルスポットガンを持ち敵味方に分かれて打ち合いながらキャプチャーフラッグを行ったら楽しいんじゃないかと考えたのでした。
 実際に運命の週末が訪れボブが考えたこの変則キャプチャーフラッグを行ったところ彼の予想を大幅に超えるほどの大変な好評となりました。
また、彼自身もこの面白さにシッカリ打ちのめされてしまいました。それからこのサークルは毎週末にこのレジャーしか行わなくなり、そして発案者のボブは同じ仲間の出資によりこの遊びをもっとスポーツ競技として発展させるために会社を興してしまうまでになったのです。
 そう、これが正に「ペイントボール誕生の瞬間」だったのです。
全米で700万人を超える競技人口はこの時の僅か10人そこそこの出会いからスタートしたのでした。